デス・オーバチュア
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セブンチェンジャー。 その名の通り『七変化』……七つの形態を持つ変幻自在の万能の武器だ。 一つの形態に一つずつ、計七体の大悪魔が宿る最凶の魔器でもある。 だが、現在の所有者タナトスは言うに及ばず、前所有者のエレクトラでさえ五つの形態までしか使用できなかった。 第一形態(ファースト)と第七形態(セブン)は、その形態も真(宿る悪魔)の名も依然不明なままである……。 Leviathan(レヴィヤタン)。 魔獣王、龍の王、地獄の海軍大提督、混沌の竜、曲がりくねる蛇、生きとし者に破滅を知らせる者……といった数多の称号を持つ悪魔である。 その姿はカバとも、大魚とも、鯨とも、ワニとも、海龍(竜)とも呼ばれるが、実際の姿ははっきりしておらず……全てに共通しているのは『巨大な海の怪獣』だということだ。 「…………」 『…………』 タナトスはレヴィヤタン……二足歩行で人間サイズの青石(サファイア)の竜(ドラゴン)と対峙していた。 手にしているのは漆黒の薙刀(長巻)……セブンチェンジャー第二形態、目前の竜(Leviathan)と同じ名前を持つ武器である。 「……行くぞ」 『……どこからでも来るがいい……』 レヴィヤタンは右手に『二つの片刃曲刀を柄頭で逆向きに連結させたような武器(ランサー)』を出現させた。 「はっ!」 タナトスは一瞬でレヴィヤタンとの間合いを詰める。 そしてそのまま、薙刀をレヴィヤタンの首へと斬りつけた。 『遅い』 「くっ!?」 レヴィヤタンはあっさりとランサーで薙刀の一撃を受け止める。 『…………』 「っ!」 タナトスが跳び離れると、直前まで彼女が存在していた空間をレヴィヤタンの左手が『握り潰し』ていた。 『ふっ……』 30cm程度しかなかったランサーの中間(握りの)部分が、150cm程にまで瞬時に伸びる。 「なっ!?」 『……では、今度はこちらの番だな……』 レヴィヤタンはランサーを両手で握り直すと、地を滑るような足捌きでタナトスとの間合いを詰め、流れるような動作でランサーを振り下ろした。 「くぅっ!」 『甘い!』 タナトスは薙刀でランサーの刃を受け止めたのだが、レヴィヤタンは交錯している部分を軸にランサーを回転させて逆の先端の刃で第二撃を放つ。 「ああぁっ!」 咄嗟にタナトスは薙刀を捨てて身体を横にズラすが、完全にランサーの刃から逃れることはできず、右肩を深く切り裂かれてしまった。 『この程度か……』 レヴィヤタンはランサーを元の長さにまで縮めると、右手の指でクルクルと回転させ出す。 物凄い勢いで回転速度が増していき、ランサーはスクリューと化した。 「くっ……」 タナトスは薙刀を拾うなり、全速でレヴィヤタンから遠ざかっていく。 『逃がさぬ……っぅ!』 レヴィヤタンは遠ざかっていくタナトスに向けて、スクリュー(超速回転する薙刀)を投げつけた。 「なっ!?」 スクリューは物理法則を完全に無視した不可思議な軌道でタナトスへと迫る。 「見切れない……っぁっ!」 回避を諦めたタナトスは薙刀を盾代わりにし、辛うじてスクリューを後方へと受け流した。 『よく受けた……が詰めが甘い!』 「うっ!?」 スクリューと入れ替わりにタナトスの眼前に現れるレヴィヤタンの竜顔。 レヴィアタンは、タナトスがスクリューの対処に気を取られた一瞬の隙を逃さず、間合いを詰めていたのだ。 彼女(?)の左手では新しいランサーが超速回転している。 『そして『刃』が一つと言った覚えもない……』 「そんな……」 『裂っ!』 「ああああああああああああぁぁっ!?」 レヴィヤタンは容赦なくスクリューをタナトスに斬りつけた。 Asmodeus(アスモデウス)。 魔神王、剣の王、地獄の遊技場総監、秘術の伝道師、好色魔王、淫らな公子といった称号と共に、アシュモダイ、アスモデ、カマダイ、シュドナイなどの多くの別名を持つ。 色欲を司り、情欲の権化のような悪魔(存在)だ。 「こうか……?」 レヴィヤタンとの『特訓』から三十分後、タナトスはアスモデウスに弓の引き方を習っていた。 スクリューによって切り裂かれた胸には痛々しく包帯が巻かれている。 「そう繊細に奏でるように……そして熱く想いを込めて……」 文字通り手取り足取り腰取り……アスモデウスはタナトスに密着指導していた。 「うっ、妙なところを撫でるな……」 「気を逸らしてはいけないよ、『矢』と『弦』が消えてしまう……」 「あっ……」 アスモデウスの指摘通り、赤光でできた弦と矢が弓から消え失せようとしている。 「Asmodeusは情欲の弓矢……素直に君の欲望を表に出せばいい」 「欲望と言われても……うう……」 なぜか、赤光の弦は真っ直ぐに張れず、矢は小さい上に芯が曲がっていた。 その上、少しでも気を抜けば先程のように消えてしまいそうになる。 「ふむ……よほど『無欲』なのか、それとも欲望を奥底にしまい込んでいるのか……どちらにしろこの武器はあまり君に向かないようだ……」 「そんなことは!……あるかもしれない……」 解き放たれた赤矢は、へにょへにょと情けない軌道と速度で数p進んだかと思うと、地に着くこともなく霧散して消えた。 「…………」 「気にすることはない、あくまで才能……適性が無いだけだから……」 「ぐうぅ……」 甘く囁くような声が、グサリと痛いところを容赦なく貫く。 「大丈夫だよ、ちゃんとなんとかしてあげるから……」 「…………」 「それにしても、エレク……前所有者は常に情欲の炎に身を焦がしていたというのに……なんと違うことか……」 「ぐっ……情けない所有者ですまない……」 「いや、そういう意味ではないよ……純粋に不思議なだけさ……」 アスモデウスはそう言って妖しく愉しげに微笑うのだった。 Mammon(マモン)。 吝嗇(りんしょく)の魔神、誘惑書の王。 その起源(ルーツ)は厳密には天使でも神でもない、その名は『富』や『金銭』を意味し、果て無き欲望……貪欲(強欲)の悪魔(化身)である。 「弓すら満足に射れぬ不器用さで、このあたくしを使役しようなどと……身の程知らずもここに極まれりですわね」 友好的悪魔トリオの最後の一人ベルゼブブが不在のため、レヴィヤタンとアスモデウスの次の『教師』はマモンだった。 金髪縦ロール、淡いピンクのドレス、純白の長手袋とブーツ。 最大の特徴は、体中に無数の宝石を身に纏っていることだ。 両手の人差し指にルビー、中指にサファイア、薬指にエメラルド、小指にトパーズ、そして親指にはアンバー。 額には妖しく輝くアメシストが吊され、胸のブローチはミルク地に虹色の輝きを放つオパール、両手首のブレスレットには月光を秘めたムーンストーン、右上膊部の腕輪にはブラックダイヤ、左上膊部の腕輪にはダイヤモンドが埋め込まれていた。 「……成金……?」 タナトスは、ベルゼブブがマモンとベルフェゴールのことを『成金堅物の悪魔コンビ』と呼んでいたことをふと思い出す。 「誰が成金ですってぇぇっ!?」 その一言だけでマモンは怒りの沸点に達したようだ。 「すまない……堅物の方だったのか……?」 「いや、間違っていない。堅物はベルフェゴール、そして成金がマモンだ」 唯一の見物人であるアスモデウスが本人に代わって肯定する。 「お黙りなさい、この色魔!」 マモンが右手を一閃すると、紅蓮の炎が鞭のようにアスモデウスの足下へと叩きつけられた。 「フッ、観客(ギャラリー)の言葉にいちいち反応するものではないよ、成金のお嬢様?」 「きーっ!」 「君とベルフェゴールはまったく別のタイプでありながら本質がよく似ている……ヒステリックなところが特に……」 「誰がヒステリーよォォッ!」」 今度はマモンの右手から氷の鞭が伸び、アスモデウスの両足を薙ぎ払おうとする。 「そういうところがヒステリーだと言うのだよ……」 アスモデウスは軽やかに跳躍し、氷の鞭を回避した。 「うるさいですわ! 見物人は大人しく見物だけしていなさい……さて……」 「うっ……」 マモンはタナトスへ向き直ると、キッと睨みつける。 「待たせましたわね、稽古をつけて差し上げますわ。さあ、さっさとセブンチェンジャーをMammon(あたくし)の形態にしなさい」 「解った……く……とお……っ……うっ!?」 「遅いですわ!」 電光の鞭がマモンの左手から放たれ、タナトスの足下を爆砕した。 「変形に三秒以上かかってどうしますの? 一秒以下で終わらせなさい!」 「……努力する……」 タナトスの右手に握られていた漆黒の長弓は、先端に黒金剛石(ブラックダイヤモンド)の先端を持つ長杖(ロングロッド)に姿を変えている。 「宜しい。では、実戦を持ってその武器の使い方を教えて差し上げますわ……風ッ!」 マモンの左手が振り下ろされると、しなる鞭のような風がタナトスに襲いかかった。 「火、氷、雷、風の鞭……?」 風の一撃を横っ飛びでかわしながら、タナトスはマモンの攻撃手段を分析しようとした。 「いいえ、後一種類ありますわよ!」 マモンの左小指から、金剛石(ダイヤモンド)を鎖のように連ねた鞭が打ち出される。 「くっ!」 タナトスは長杖で、針のように鋭利な形の先端の金剛石を叩き落とそうとするが、金剛針鞭は意志を持つかのように長杖を避けて、彼女の左肩に突き刺さった。 「がはぁぁ……?」 「言っておきますけど、わざと心臓を外したんですのよ。これは訓練……『授業』ですから……」 「つぅぅ……」 タナトスは金剛針鞭を右手で掴んで抜こうとする。 「雷」 「ああああああああああああっ!?」 しかし、タナトスが金剛針鞭を掴んだ瞬間、凄まじい電流が流れた。 「つうう……はああっ!」 タナトスは電流に耐えながら長杖を振り下ろす。 長杖から先端の黒金剛石が飛び出し、黒鎖で繋がれたままマモンへと迫った。 Mammonはただの長杖ではなく、鎖杖(チェーンロット)あるいは鎖鞭(チェーンウィップ)といった感じの武器だったのである。 「あら、やればできるのね……でも……軌道が真っ正直すぎるっ!」 マモンは右手に、『球形の柄頭に無数の棘が放射状突き出た棍棒(モルゲンステルン)』を出現させると、黒金剛石を打ち落とした。 「こういう武器は……こうやって使うんですのよ!」 金剛針鞭を『掻き消す』と、マモンは間合いを気にせずモルゲンステルンを振り下ろす。 すると、無数の棘の生えた球体が外れ、鎖で繋がれたままタナトスへと飛んでいった。 「同じ種類の武器!?」 真っ直ぐな軌道で飛んでいった黒金剛石と違い、鉄球(棘球)は上下左右不規則なジグザグで宙を駆け抜けていく。 「つうぅっ!」 タナトスはギリギリまで引きつけてから、空へと飛び離れた。 あまりにもデタラメな軌道なせいで見切りづらく、とても防御や最小限の動きで回避するのは不可能だと判断したからである。 「そうそれでいいのよ。紙一重の見切りなんて気取ったことしようものなら、直前で曲げてぶつけてあげましたわ。でもね……まだ終わりじゃありませんのよ!」 マモンは左手に新たなモルゲンステルンを出現させると、空のタナトスへ向けて鉄球を解き放った。 「くっ……それならっ!」 タナトスはMammonを振るい、黒金剛石を打ち出す。 黒金剛石は前の直線的な軌道と違い、複雑怪奇な軌道を走った。 「あら?」 Mammonの黒鎖とモルゲンステルンの鎖が絡み合う。 「はっ!」 タナトスはマモンの左手からモルゲンステルンを釣り上げ、奪い取った。 「あらあら……あらっ!」 「つあぁっ!」 マモンが右手のモルゲンステルンを放つのと同時に、タナトスが引き戻した黒金剛石を再び放つ。 鉄球と黒金剛石は互いに複雑怪奇な軌道を描いた後、正面から衝突した。 Belphegol(ベルフェゴール)。 発明と発見の魔神、地獄の仏蘭西大使、駐在の悪魔。 性的淫蕩を推奨し幼児の生贄などを要求しながら、街の守護天使的側面も残している……悪なのか正義なのかよく解らない悪魔(存在)である。 「結構押されてるじゃないの、マモン?」 姿を現した純白の悪魔(ベルフェゴール)が微笑う。 正面衝突し、砕け散ったのはマモンの鉄球の方だった。 「う、うるさいですわね……あたくしの化身である長杖(ロングロッド)とこんな玩具じゃ勝負になるわけがありませんわ!」 マモンは両手のモルゲンステルンを地面に叩き捨てる。 「とくと御覧なさい、ここからは本気で……」 「いいえ、あなたの出番は終わり……ここからはわたしが担当するわ」 ベルフェゴールはマモンを遮るように前へと躍り出た。 「では、次の『授業』を始めましょうか、タナトス様?」 視線をタナトスに向けると、相棒(マモン)に対するものとは違う丁寧な物言いで話しかける。 「あ? ああ……よろしく頼む……」 「調子が乗ってきたところのようですから、休憩はいりませんね?」 「ああ、すぐ始めてくれ……」 「良い心掛けです……では……始めます」 ベルフェゴールは左掌の上に『真っ白な分厚い本』を出現させた。 「辞典?」 まさか、アレで攻撃してくるのだろうか? 本の角は確かに痛そうだが……。 「似たような物です……」 純白の本が開くと同時に、ベルフェゴールの右手に『杖』が、背中に『外衣』が現れ装備された。 白金の十字杖(クロススタッフ)とでも言うのだろうか、長い杖の先端は十字架のような形をしている。 十字のそれぞれの先は鋭利で、杖ではなく槍、十字槍のようでもあった。 外衣はケープとマントが重なったような白布で、彼女の全身を守護するように包み込んでいる。 「さあ、どこからでもどうぞ……」 「……いくぞ……Belphegol!」 タナトスは『黒金剛石の長杖』を『槍と斧と鉤爪が合体したような長柄武器(ハルベルト)』へ変形させると、ベルフェゴールへと飛びかかった。 「砕っ!」 ハルベルトの斧刃がベルフェゴールを両断しようと振り下ろされる。 「…………」 ベルフェゴールは十字杖で引っかけるようにして、ハルベルトの軌道をを逸らせた。 軌道を逸らされたハルベルトは、ベルフェゴールのすぐ横の大地を粉砕する。 「……くっ!」 タナトスはハルベルトを引き戻し、そのままハルベルトの鉤爪をベルフェゴールへ叩き込もうとした。 だが、ベルフェゴールは予めその攻撃が解っていたのか、鉤爪がギリギリ届かない間合いまで後退している。 「っ……刺っ!」 鉤爪の一撃を空振ったタナトスは、即座にハルベルトの槍刃による突きへと攻撃を変化させた。 ベルフェゴールは最低限の動きで、槍刃を紙一重でかわす。 「つっ、さああぁっ!」 「…………」 タナトスは連続突きを放つが、ベルフェゴールは十字杖を軽くぶつけては軌道をそらし、攻撃を全て外させ続けた。 「くぅぅっ……馬鹿にしているのか……?」 「いいえ、そんなつもりはありませんが……?」 「だったら……本を読みながら片手間で相手するなああっ!」 苛立ちを込めるようにして、タナトスは連続突きの速度を上げる。 「失礼、あまりにも余裕があったもので……っ!」 「あああっ!?」 ベルフェゴールは十字杖で巻き込むようにして、タナトスの両手からハルベルトを奪い取った。 「ハルベルトは『槍』じゃありません。斧刃と鉤爪が付いている分、重量、空気抵抗、バランス、全てが槍に劣る……」 「……つまり、重いから遅い……?」 タナトスの身も蓋もない答えに、ベルフェゴールは頷く。 「こんな鈍重武器での突きなど当たるわけがありません。万能ゆえの不器用……それがハルベルトの欠点です」 「器用貧乏……?」 「ええ、あなたと逆ですね」 「え……?」 「何でもありません……では、次はハルベルトと真逆の発想をお見せしましょう」 「真逆?」 「……クロスアウト」 囁くような呟きの直後、ベルフェゴールの衣服が爆発的に弾け飛んだ。 「消え……?」 衣服の爆発と共にベルフェゴールの姿はタナトスの視界から消える。 「…………」 「後ろ!?」 「遅い」 背後に気配……背中に寒気を感じた時には、すでにベルフェゴールはハンマーをタナトスの脳天目掛けて振り下ろしていた。 「くっ!」 タナトスは前方に転がるようにして、辛うじて鉄槌の一撃から逃れる。 「よく避けました……」 「つっ……」 ベルフェゴールの様相はかなり一新されていた。 頭にのった大きな白い帽子、知的な印象の眼鏡、羽織っていた白布とガウンのような法衣、そしてサーキュラースカートが跡形もなく消し飛んでいる。 ロングコートの長裾の間からは、黒のオーバーニーソックスが姿を覗かせていた。 十字杖は十字架の部分が無くなっており、代わりに鉄槌の先端が装着されている。 「ハンマーが……ハルベルトと真逆の発想……?」 「まさか……それを見せるのはこれからです……オープンコンバット!」 ベルフェゴールのコートが開くと同時に、凄まじい閃光が放たれタナトスの視界を奪った。 「くううぅ……なあぁっ!?」 ベルフェゴールのロングコートの下は黒のランニングシャツとショートパンツと、清楚でキッチリとした今までの衣装と違って健康的でラフな物だった。 無論、タナトスはそんなことで驚いたわけではない。 十本近い三つ編みを作っていたベルフェゴールのライトグリーンの髪が解けていたのだ。 解き放たれたライトグリーンの長い髪は、美しいウェーブを描いている。 そして、三つ編みの先に留められていた武器を象ったシルバーアクセサリーが無くなっており、代わりのように『本物の武器』が彼女の周りに突き立っていた。 「一つの武器に複数の武器の特性を持たせるのがハルベルト……これはその逆……」 ベルフェゴールは大地に突き立っていた両刃戦斧(バトルアックス)を、左右の手で一本ずつ引き抜く。 「全ての武器を携帯し……」 全長150p、重量3s……自分の身長と同じか少し長いかもしれない武器をベルフェゴールは片手で軽々と持ち上げた。 「……自在に使い分ける!」 「くっ!?」 左右の両刃戦斧が連続でタナトスのハルベルトに叩き込まれる。 その凄まじい衝撃に、タナトスはハルベルトを手放さないようにするのが精一杯だった。 「次は槍!」 ベルフェゴールが両刃戦斧を放り出すと、後方の大地に突き刺さっていた二本の槍が独りでに抜け飛んでくる。 コルセスカ……三角形の両刃と外側に張り出した小さな2枚の刃からなるウィングスピア系の一種だ。 「フッ!」 「な……」 ベルフェゴールはそれぞれの手でコルセスカを掴むなり、一息で目にも止まらぬ連続突きを放つ。 その突きの連射(ラッシュ)のあまりの速さに、タナトスはまったく反応できなかった。 槍刃はタナトスの薄皮一枚……衣服だけを引き裂く。 「これが槍、突き刺すためだけに特化した武器の速度よ」 「っ……」 確かに、自分のハルベルトによる突きなど比較にもならない神速の槍術だった。 「次は剣……」 ベルフェゴールはコルセスカを捨て、二振りのバスタードソードを大地から引き抜く。 「斬っ!」 「つうっ!」 タナトスは、ベルフェゴールの双剣が乱れ舞う直前、空へと跳び離れた。 「やはり『中途半端な剣』は駄目ね……いえ、ここはあなたの反応速度を誉めるべきかしら?」 ベルフェゴールは愉しげに微笑いながら、バスタードソードを投げ捨てる。 「…………」 バスタードソードは片手でも両手でも扱えるように設計されている為、人が片手で振り回す剣としての理想の長さと重さ(重心)を外しているのだ。 もし、軽く小回りの効くロングソードだったら、タナトスの先程の回避は間に合わなかったかもしれない。 「さあ、次は鉤爪で引き裂かれる? それとも、棍棒で殴り殺されたい?」 ベルフェゴールの左手には50p程の『穂先と鉤爪を合わせ持った特殊錫杖(アンクス)』が、右手には80p程の棍棒(メイス)が握られていた。 Beelzebub(ベルゼブブ) 蠅の王、悪霊の頭、地獄帝国の最高君主、魔王に次ぐ者、悪魔の貴公子、魂の支配者。 数々の称号異名が示すとおり、悪魔界の首領(ナンバー1)とも参謀(ナンバー2)とも言われる王の中の王だ。 蠅魔を使い魂を支配することから冥界の至高の王とされることもあれば、その起源は天の王だともされる。 「……ふう〜」 黒ずくめの美女はキセルを吹かせながら、タナトスとベルフェゴールの戦闘を眺めていた。 彼女が居る場所は二人の戦っている場所からはかなり遠方であり、普通ならこの距離から見えるはずもない。 だが、彼女の瞳にはしっかりとタナトスが悪戦苦闘する様が映っていた。 「ベルフェゴールはさぞやりにくい相手でしょうね〜。大鎌という武器に集中化……いいえ、魂殺鎌という大鎌だけに専門化した狩人であるあなたには……」 ベルフェゴールには苦手な武器という物が存在しない。 それに対してタナトスは、達人レベルで使える武器が大鎌しかないというとても不器用な戦士だ。 「あ、そういえばナイフはそれなりに使えたかしら? まあ、あれは素手の延長というか、修練の成果……ちょっとした例外ね〜」 彼女が大鎌しか満足に使えない不器用な戦士であることには変わりない。 現に、彼女はあらゆる武器の基礎、もっとも一般的な武器である剣すら満足に扱えないのだ。 大鎌以外では、素手やナイフによる殺し技が……それなりの暗殺者レベルといったところだろうか? 剣もまともに振るえない彼女は本来、剣士は元より戦士という職業に含むのも不適切だ。 故に狩人、故に暗殺者。 それも大鎌だけに特化、専門化したどこまでも特殊な殺し屋だ。 これは彼女が養母から習ったナイフ技術を唯一の例外とし、大鎌……魂殺鎌だけを使い修行を、仕事を重ねてきたのが主な原因である。 大鎌の扱いが巧みになればなるほど、洗礼されればされるほど、他の技術が不器用に、置き去りにされていったのだ。 「まあ、それ以上に天分……宿命的な才能というのもあるけどね〜」 魂殺鎌がタナトスのために存在する武器……いや、魂殺鎌を使うためにタナトスが存……。 「そなたは参加しなくてよいのか?」 思索を遮るように背後から声をかけられた。 「……なんだ、シャリートか」 背後を振り返るまでもなく、黒ずくめの美女には相手の正体が解る。 「なんだはなかろう? 珍しい姿を晒しておいて……」 「……ふう〜、珍しいのはお互い様だと思うけどね〜」 黒ずくめの美女は紫煙を吐き出すとかったるそうに振り返り、相手と対峙した。 透き通るように淡く輝く水色のストレートロング、鮮血の赤眼、纏う衣装は鮮やか青一色。 長身で理想的なスタイル、凛々しい美貌。 女性的な色気や柔らかさはあまり感じさせないが、どこでも凛々しく美しい……完成された美がそこにはあった。 彼女を一言で表現するなら『荘厳』……重々しく、威厳があって気高い。 俗っぽい言い方をするなら、格好いい女性だ。 「随分と涼しい恰好ね〜」 女性の纏っている衣装は東方(チャイナ)ドレスと極東の着物が混じったような道着で、かなり露出や遊び(装飾)がある。 額には服と同じ色のヘアーバンドが巻かれていた。 「少しばかり汗をかいてな……」 「ふう〜ん、海洋生物も皮膚呼吸は必……っ!」 突然の轟音と閃光。 一瞬前まで普通に向き合っていたはずの二人が、互いの武器を交錯させていた。 黒ずくめの美女の武器は『骸骨をモチーフにした不気味な大鎌』、青一色の女性の武器は『青龍の描かれた美麗な柳葉刀(りゅうようとう)』である。 「姿が変わっても口が過ぎるのは変わらぬな……」 「いやね〜、ツッコミで物騒な物抜かないでよ……いつもの『使い捨ての量産品』で充分でしょう〜?」 骸骨の大鎌は手元に引き戻されるなり粉々に砕け散った。 「そなた相手ではコレでも器量不足だったようだ……」 青一色の女性は柳葉刀(柳の葉っぱのような長く膨らみのある形状の刀)の尖端を黒ずくめの美女に突き付ける。 「見よ、自慢の業物がこの様だ……」 「あら、勿体ないわね……まあ、痛み分けってことで〜」 女性の言うとおり柳葉刀をよく見えると、刃が無惨に欠け落ちていた。 「ふん、何が痛み分けだ……」 青一色の女性は柳葉刀を指先で回転させ、手品のように掻き消す。 「嫌ね〜、武器を収めておきながら殺気を高めないでよ〜」 黒ずくめの美女は、青一色の女性が武器を消しながらも戦意はまったく衰えず、寧ろ殺気の域まで高まっていることを微笑いながら指摘した。 「滅多にない機会だ……いまここで長年の雌雄を決するか? ハァァァァァァ……」 青一色の女性は深く息を吐きながら、全身から蒼く光り輝く闘気を立ち上らせていく。 「雌雄も何も私達どっちも雌でしょう〜?」 「ハアアアアアアアアアアッ……」 美女の軽口を無視して、青一色の女性は蒼光の闘気を両手だけに渦巻くように集束させていった。 「波ァァァッ!」 青一色の女性が両手を前へ突き出すと、纏わり付いていた闘気の渦が『蒼光の双龍』と化して、黒ずくめの美女へと襲いかかる。 「ちょっと本気なの〜?」 黒ずくめの美女は右手に骸骨の大鎌を出現させると、蒼光の双龍を薙ぎ払った。 「っぅぅ……!」 蒼光の双龍は爆散し、後を追うように骸骨の大鎌も粉々に砕け散る。 「痛ぁ〜、腕の骨まで砕けるかと思った……もう、無茶させないでよね〜」 黒ずくめの美女は、態とらしく痛そうに右手をさすった。 「そんな『使い捨ての替え刃』などで払うからだ……」 いつの間にか、青一色の美女の両手には二振りの『青龍を象った柄の偃月刀』が握られている。 「我が『双龍』を舐めるにも程があろう……」 「別に舐めてるわけじゃないわ、ただの出し惜しみよ」 左右の中指に填められた髑髏の指輪が妖しく輝き、黒ずくめの美女の両手にそれぞれ骸骨の大鎌が現れた。 「それが舐めていると言うのだ……!」 青一色の女性は一瞬で間合いを詰め、二振りの偃月刀で黒ずくめの美女を十字に切り裂こうとする。 「あら、なまくらだって使い方次第よ〜」 だが、二つの骸骨の大鎌が絡み付くようにして二振りの偃月刀を受け止めていた。 「そして、手数は私の方が上っ!」 「くっ……!」 黒ずくめの美女の両肩から新たに二つの骸骨の大鎌が飛び出し、青一色の女性の胸を切り裂く。 「流石ね、完璧に不意をついたつもりだったのに……」 「…………」 互いの得物が届く間合いに居たはずなのに、なぜか青一色の女性は黒ずくめの美女から10メートル程離れた位置に立っていた。 青一色の女性は超高速で後退し、新たな二つの大鎌を紙一重で回避していたのである。 文字通り紙一重……切られたのは女性の着物の胸部だけで、肌には掠り傷一つ付いていなかった。 「不覚……挑発に乗り不用意に飛び込んでしまうとは……」 「やっぱり、お互いに手の内を知り尽くしていると『不意打ち』って極まりにくわね〜」 「……事前にそなたの『カラクリ』の存在を知っていなければ……まずかわせなかっただろう……」 「ギミックって呼んで欲しいわね……あるいは大鎌四刀流〜?」 黒ずくめの美女の両肩から生えた骸骨の大鎌が、折り畳まれるようにして背後へと消え去る。 「四刀と言わず、何刀でも出すがいい……いかにそなたの『骨』が強固でも……我が双龍の前では硝子に等しい……っ!」 二振りの偃月刀は『生きた双龍』と成って尻尾を絡み合わせかと思うと、両先端に逆向きの偃月刃を備えた超長柄武器と化した。 「双龍偃月牙(ソウリュウエンゲツガ)……本気も本気ってわけね……」 黒ずくめの美女が初めてシリアスな表情を浮かべる。 「……そんなに出し惜しみしたくば……そのまま逝くがよいっ!」 青一色の女性は両手で双龍偃月牙を頭上で回転させだした。 頭上で超高速回転する双龍偃月牙に、女性の体から溢れ出した蒼光の闘気が吸い上げられていく。 「受けよ! 我が最大最強の……」 「……あ、時間切れ〜?」 「何!?」 ポンッと心地よい音をたてて、黒ずくめの美女は『自爆』した。 「…………」 「ふうぅ〜」 自爆の爆煙が晴れると、黒ずくめの美女の姿はそこにはなく、代わりに一匹の黒い小妖精が飛び回っている。 「ああぁ〜、元に戻っちゃった〜残念〜♪」 黒い小妖精……悪魔ベルゼブブは口では残念と言いながらとても楽しそうだった。 「…………」 「じゃあ、そういことでバイバ〜イ♪」 武器を振り上げたまま『固まっている』青一色の女性を無視して、ベルゼブブはその場から飛び去ろうとする。 「ふ……ふぅぅ……ふざけるなぁぁぁぁっ!」 「あははははっ〜♪ 逆鱗に触れちゃった〜?」 「そこへなおれ!!! 最早、虫の姿でも構わん! 跡形もなく消し飛ばしてくれるうぅっ!」 「もう〜、たかが『蠅』相手に『龍』が本気で怒らないでよ〜」 「待てっ! 待たねば全力を持って消し飛ばすっ!」 「どっちにしろ消す気じゃないの! この悪魔ぁぁ〜っ!」 「逃げるなっ! 大人しく我が双龍の糧となれぇぇっ!」 全速で逃げ出したベルゼブブを、青一色の女性は双龍偃月牙を振り回しながら追いかけていった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |